カテゴリー「なんでも 」の10件の記事

2012年10月15日 (月)

東京逍遥(おまけ)

東京に出たついでに、原宿のショップに寄って歩きました。

Msimg_3051神宮前交差点 今年4月に完成したばかりの東急プラザ。ファッショナブルですね。

Msimg_30529月に開いたばかりの、スウェーデン・ホグロフスの直営店。

Msimg_3054本命・ミレーショップ。でも、ザック、フリースベストの探し物は見つかりませんでした・・・

Msimg_3053さすがアウディ!かっこいい!というわけで、都会はすぐ様変わりしているのでたまに訪れると楽しいですね。

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2009年5月 5日 (火)

GW ETC 愛鷹

今年のGWはETCフィーバーで高速が大混雑となりましたが、箱根の空いた道を越えて愛鷹に行ってまいりました。たまには独りで。往復で有料道路料金1000円のうち400円のETC割引・・・ なんとささやかな!

Img_4783 ブナ平の奥から、緩やかに登りあがって位牌・袴腰・愛鷹の稜線を目指しました。位牌岳には9時前に着いたので、その先の鋸岳に向かおうか逡巡しましたが、天気が下り坂でしたので自重しました。でも行けたかな!? ぜひ次回は!

Img_4793 たちまちガスに巻かれてしまいました。ブナの大木が覆いかぶさってきそうです。

Img_4799 下山すると茶畑が広がっていました。さすが静岡。そして天気も下界は晴れやか・・・

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2009年3月13日 (金)

沖縄~ おきな~わ~

家族サービスで沖縄に行ってました。ほとんどホテルに居ましたが、天気もまずまずで居心地がよかったです。なかなか気の利いた滞在型のホテルで、ライブラリーで本やCDを貸し出してくれたので退屈しませんでした。午後には頼めばお茶とお菓子を持ってきてくれます。やりませんでしたけどカラオケ施設もありました。レンタカー・ガソリンも無料のパック。高速が安くて早いので重宝しましたが、まあ、幼時連れでは観光に行く範囲も限られています。

Img_4320 ザンパ岬にドライブ

3日目に美ら水族館に出かけました。大きな水槽にジンベイザメやマンタが何匹も泳いでいて迫力がありました。帰りには美味しそうな沖縄そばとタコライスのお店を見つけました。娘が車中で寝入っていたので、女房と一人ずつ変わりばんこに食べてくるか考えましたが、お店に相談したらテイクアウトにしつらえてくれました。

Img_4367 大きいマンタ

帰ってきて、こちらの寒さがこたえたのか、皆で風邪をひいてしまいました。娘はとくに高熱を発症。あちらではブルーシールのアイスクリームが美味しいほどよい暑さ。幼児にはとくに温度変化に気をつけないといけなかったのですね。初めての長い旅行中に元気だったのに気の毒なことになってしまいました。

八重岳(その桜の見ごろは1月!)・名護岳・恩名岳・・・ いつか登ってみたい山々を、またも横目で見ながら帰ってきてしまいました。やんばる辺りもさすらってみたいですけど。ガジュマル・キジムナー・神話・オッバ・「あきさみよー」・・・、沖縄独特の南国の悠々とした世界はいかにも魅力的に映ります(ゴーギャンとタヒチの連想? )。今はどんどんそうした余裕から遠ざかっている感じがします。

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2009年2月23日 (月)

冬の新潟 糸魚川

縁あって、4年ほど前から糸魚川・能生に行くことが多いのですが、今回はめずらしく、冬季に地元の仲間と訪ねました。今回のテーマはウォーキングコース探しです。フォッサマグナの東側・糸魚川・静岡線の基点となる地です。日本列島の成立に関わる地質のヒントがたくさんあるのです。

先ずは小滝川ヒスイ峡へ林道ウォーク。思いのほか雪が少なかったので約30分ほどツボ足で前進を試みましたが、1/3ほどであえなくダウン。スノーシューを持っていけばよかった。糸魚川市は合併で広くなり、山歩きに親しい方なら、栂海新道、蓮華温泉・雨飾温泉・火打山・焼山などもご存知のはずです。明星山や黒姫山も珊瑚礁から創生された石灰岩質の面白い山です。ただ、広く県外の方をお誘いするのは塩の道などのコースでしょうか。

Img_4166_2 明星山南面 人気なし

フォッサマグナ ミュージアムによりました。現在ユネスコのジオパークへ申請中(日本で3箇所)。たいへん興味深い施設です。日本海は海底火山の宝庫だったのですね。山好きの方にもきっと楽しんでもらえるでしょう。

宿泊は能生の権現荘。温泉が豊富です。そしてその上には他の2人が住民票を移してしまうほどのすばらしい棚田と風景の田麦平があります。ここからの権現山は絶景。地元の岳人には知れた山で、私の百名山の一つでもあります。

糸魚川の名士・相馬御風はあの都の西北を作詞した方。そして映画会社に勤めていた祖父にも由縁もある方なのです。今回はその作品の一端を収録に参ったのですが、月曜日は休館日で断念。だんどり悪かった・・・

Img_4191 Sayonara Itoigawa

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2008年10月25日 (土)

京都・栂尾へ これは山関係ではありませんが。

義妹の、夏の結婚式に続く、披露宴に出席のため家族で京都に行ってきました。式場はブライトンホテル。かの辺見えみり夫妻も結婚式を行ったところですが(最近、あえなく離婚)、中央の吹き抜けも気持ちいいし、何よりとてもサービスのいいホテルで、芸能人の方々が使うのもなるほどでした。

式は義妹のアイデアで企画されましたので、気さくで暖かくほのぼのとしたものでした。友人が作成したという2人の紹介ビデオもとてもよくできていて、司会の(歌は歌えない)岩崎ヒロミ!アナウンサーからは「プロ級ですね!」とお褒めいただいていました。僕もビデオ撮影係りを仰せつかっていたのですが、2台あるうちの担当の1台が故障であえなく(?)お役ごめんに。楽しい宴を満喫させてもらいました。

忙しい日々の合間に自由時間を「いただき」、晴天のもとでしたが、子連れでは濡れた参道を行き来するのは止めておいたほうがいいということで、一人で栂尾にいってきました。明恵上人で有名な、あこがれの高山寺を表参道から金堂へ。裏山や上人の御廟、国宝の石水院を巡りました。朝早かったためか、上人像絵画・狛犬の前で一人でぼーっと過ごしたり、複製ですが戯画や仏母像をじっくり眺めたりしました。神護寺にも立ち寄り、瓦を気持ちよく投げてきました。ああ、この辺りも歩き回ってみたい~ 京都の行き帰りでは「明恵上人集(夢記)」を古文で読みづらいながら読みきりました。いいなあ~京都・・・。

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2008年10月22日 (水)

蓼科~霧ケ峰 これは山関係ではありませんが。

ちょいとプライベートなことも記していこうと思います。9月下旬、南米帰りの時差ぼけでボーっとしていましたが、昨年に予定していて行けなかった蓼科のペンション サンセットさんがまたの機会にどうぞと誘ってくださっていたので、夏休み旅行としては遅ればせながら、ささやかな家族旅行に行ってまいりました。

初日、自宅から愛車で先日の篭坂峠・富士山麓を抜けて甲府をするすると抜けて八ヶ岳山麓へ。ピラタスの高みに行くと北アルプスも遠望できるまずまずの天気でしたが、2日目からはうす曇・小雨のあいにくの天気になってしまいました。ヴィーナスラインを辿って、蓼科湖・白樺湖・車山高原・八島湿原に行っても平日で人も少なくて寒々しい感じでした。霧ケ峰ドライブインのソースカツ丼もなかなかの美味しくなさ・・・ ムムム。

でも、赤ん坊連れながら、ペンション滞在はオーナーご夫妻のおかげで、身内の家にいさせていただいているような居心地で快適にゆっくりできました。森の中の自然豊かで静かな立地。地の食材を使った朝夕の美味しいお食事。持って行ったパソコンも無線LANでインターネットOK。数年ぶりの家族旅行、いい思い出にしてもらいました。今は過ぎてしまいましたが紅葉のよかったようですよ。皆さんにもぜひオススメです。 

Simg_3232 2年前の秋に一人で歩き回ったことがありますが、霧ケ峰・車山は八島湿原などと結んで歩いてけっこう遊べます。古墳期や鎌倉時代の遺跡もあるんですよ。ドライバーで賑わう時期より空いている時期がいいでしょうね。私のお気に入りリストの上部入りです。いずれお誘いしますので、そのときには、いざ参らん!

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2008年7月25日 (金)

越前から丹後へ これは山関係ではありませんが。

義妹の結婚式のために、白山からの帰りに、小松から途中小浜に立ち寄りながら、式場のある兵庫・出石に出ました。なぜ、出石かというと、義妹のだんなさんとなる義弟はお坊さんで今年から出石のお寺をまかされていて、そこで仏前式をあげることになったのです。

小松から豊岡まで、日本海・若狭湾沿いのこのラインは通ったことがなかったので楽しみでした。宿泊した福井市から、まず、敦賀にて古くから北陸道の総鎮守として仰がれた、越前一宮・気比神社に参拝しました。

Simg_2319 芭蕉は奥の細道の道中、大垣への終着直前に訪れ、夜に参詣したと言われています。

Simg_2356 その日は小浜に滞在。鯖街道の起点ともなった小浜は日本古来の食文化が充実していたところです。NHKドラマ「ちりとてちん」はここが舞台だったそうですね。小浜での美しい夕景色。古いたたずまいが残る三丁町の花街・高成寺から高台への遊歩道まで歩き回りました。

Img_2360_2 こっ、これは・・・ cf. オバマ候補を勝手に応援する会

Simg_2368小浜線の車窓から見えた郷土の名山「青葉富士」。品のいい形で登ってみたい意欲をそそります。頂上からの日本海の眺めもさぞかし良いでしょう。

長かった福井県から京都・舞鶴に出てたんご鉄道「悠遊号」に乗り換えて、自身2回目の天橋立へ。今回は自転車を借りて、大急ぎで天の橋立の松並木を疾走して渡り、丹後国一の宮「元伊勢籠神社」を往復してきました。

Simg_2391_2 美しい松並木で、風がきんもちいいです。

さて、そんなわけで、国境のトンネルを抜けて猛暑の兵庫・豊岡に出てバスに乗り換えてやっとこさ出石へ。次の日の結婚式は式場が古寺のため冷房もなく(ふつうの寺でもそうですかね)暑かったのですが、義妹もそういう日のために京都で探したという薄い白無垢を着て、楚々ととり行われました。

夕方は城の崎温泉に移動して夜は祝宴が開かれました。生後5ヶ月の娘はこの遠方にして志賀直哉ゆかりの地で温泉デビューを果たしたのでした。 

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2008年5月30日 (金)

やっぱり佐渡

あー、またあいだが空いてしまいました。いつものぞいていただいている方々、すみません! せめて今月中のものは当月中にアップしましょう。

さて、中旬は佐渡に行って参りました。最高峰・金北山からドンデン山を経て金剛山までの大縦走で、お花がとてもよかったです。天気にも恵まれて極楽佐渡の山旅でした。この時期の佐渡は毎年だって訪れてみたいものです。

Simg_1368 1日目は新潟側で角田山を遊びました。灯台コースは迫力があって国内屈指の海岸への下山コースです!

Simg_1423 シラネアオイエンレイソウのツーショット カタクリザゼンソウ・サンカヨウの群落も。とにかく花がいっぱいです。

Simg_1462_2 イワカガミだってすごいんです。

Simg_1455 緑あふれる佐渡の山並み

Simg_1467 辿る道も楽し・・・

Simg_1470_2 貴重なコケイランもたくさん咲いていました

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2008年1月 3日 (木)

初夢山歩き② インカ道

インカ道は、14-15世紀に栄えたインカ帝国の広大な帝国の通信網として、深い山間部の中を整備された街道のようなもので、南北に広がる何千キロに及ぶ帝国内を往時の飛脚(チャスキ)は10kmほどの各区間を命がけで全速力で走って連絡を繋いだといわれます。

そして、そのインカ道の中でもいちばん人気の高いコースがマチュピチュ遺跡に至るコースです。通常は帝国の首都であったクスコ郊外のスタート地点からマチュピチュまで日数は4日間、歩行距離約40kmほどを歩きます。(クスコとマチュピチュ遺跡は1983年にユネスコの世界遺産にも指定されていますね。それにしても、この年末年始にも南米の探検番組を何本やったことやら)。

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コースのほとんどは帝国時代に作られた石畳を歩きますが、これがとてもよく整備されていますのでダブルストックも安心して使っていただけます。多少なりとも履きなれている、靴底の固いトレッキングシューズであれば足回りは大丈夫でしょう。

1日の行程も10kmですから歩く距離としてはほどほどかもしれませんが、なんといっても最高到達地点が4200mにあるくらい高所を歩きます。これについて高所の経験が乏しい人は特に準備が必要です。ただ、ペルーではコカの葉でいれたコカ茶が高山病に効果があり、日本人もすぐになじめて好評でした。(ただし、精製などして悪用されるので、国外への持ち出しは禁止されています。) それからこのインカ道への入山は許可制で、かつ通常は地元のガイドとポーターを連れて行きますので一大キャラバンになります。私はアミューズのツアーで同行させていただきましたが、宿泊はテントながら快適、かつ毎食に美味しい料理を作ってもらえました。

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前日、標高3500mほどのクスコで市内の遺跡をめぐったりして高度馴化しておきます。インカ文明は巨大な石の建築と精密な石の加工などに特色があって、十二角石など、それらのすばらしい成果を堪能できます。(紀元前チチカカ湖に発祥するプレインカ文明や太平洋に浮かぶイースター島にも共通する技術だそうです)。それから地元名産のマス料理にペルーワインが美味しいですが、ここではちょっと控えめに控えめに。

郊外のウルバンバというところに移動して、さあいよいよトレッキング開始。ペルーは熱帯に位置するので高所でも寒くなく、乾燥もしているのでサボテンが植生しているほどです。高度にちょっとフラフラして道脇のサボテンの棘にさわると痛いですよ!

初日は3000mほどの高度のワイリャバンバにテント・宿泊して馴化を完了させます。次の日は4200mの第1峠越えです。欧米人のパーティーがけっこう多いですね。トイレなどもきちんと整備されています。草地には首の長いリャマに出会えたりもします。ところどころに売店が開いていて飲み物などは簡単に補給できます。登るにつれてどんどん景色が広がって、周りの高山も眺められてすばらしいのです!

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広がる緑の山々!

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正面が第1峠。これから上がきついです!

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古道にふさわしく、至る所で遺跡を見学して、当時の雰囲気を感じることができます。石積みの技術のほか、乾燥地の山中でいかに貴重な水を使いまわすか、すばらしい水利技術を見ることが出来ます。また、急斜面に段々畑を切り開いてジャガイモなどの作物を栽培した後も。

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3日目からはけっこう楽です。第2峠の峠を越えるあたりからはランの花を多く見ることができます。このランは世界的にも有名らしいです。4-5月がもっともいい時期らしいですが、私の行った5月下旬でもたくさん見ることができました。

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3日目宿泊の第3峠上部の丘に登ると、6千メートル未踏峰サルカンタイ山などアンデスの高山がすばらしく展望できます。

4日目、朝食後、ウイニャイワイナに下って素晴らしいインカの遺跡を見学、それから歩いて2時間ほどで「太陽の門」に至ってとうとうマチュピチュ遺跡に対面しました。遺跡には普通、鉄道とシャトルバスで至るのですが、トレッキングではこの瞬間が決定的に違うのです。

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歴史ある道を辿って昔ながらに対面する感動~

遺跡入口付近のレストランに出て祝杯をあげます!バスで麓のアグアスカリエンテスまで下りれば温泉にも入れます。夕食はバーベキューレストランで、フォルクローレバンドの「コンドルは飛んでいく」でも聞きながらアルパカの肉をいただきましょう。

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ニョキッと麓から突き出る岩山、プトクゥシ。遺跡の隣にある、この山になにか遺跡のヒントがあるような・・・

時間があれば、翌日再度遺跡まで上がって遺跡背景の山として有名なワイナピチュ峰へも登山してみましょう。遺跡、そして遺跡を巡る観光客を粒のように見ることができます。それにしても年配の方でそのきつい傾斜をあがっているのは日本人だけ!?さすがです!!

このインカ道のコースは、ふつうの観光と違って、遺跡や自然を満喫しながら徐々にインカの空気になじんで行き、4日目の最終日にマチュピチュ遺跡に至るという感動があります。せっかく地球の裏側まで行くのですから。マチュピチュには一度という方は特にお勧めします。(主観ながらはっきり言って、あちらで傍観した他の集団ツアーは高山病で夢遊病者の集団のようで面白くなさそうでした・・・ )

また、その後もチチカカ湖やプレインカ遺跡・ボリビアに足を延ばすなどの楽しみもあり、これもすばらしかったです。とにかく、現地ガイドといっしょに4日間でも歩き話しながら巡れば、有史以来の南米文明の粋を集めたインカの素晴らしさを理解できることでしょう。それは歩いて見て、身をもって実感できるすばらしい知恵の数々です。皆さんもぜひ歩きにいきませんか! 

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2008年1月 2日 (水)

初夢山歩き① スペイン巡礼路

サンティアゴ・コンポステーラは中世以来のスペインのキリスト教の聖地で、ヨーロッパ各地から通じる巡礼路は、フランスを経てピレネー山脈を越えるとスペイン北部にて次々に合流して聖地に通じます。中世の最盛期には年間50万人とも100万人とも言われる人々が歩いたのだそうですが、現在でも徒歩・自転車・車で数万人が辿っていると言われます。

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なかでもスペイン国内の巡礼路は、1993年にユネスコの世界遺産に登録され、ますます人気が高まっています。日本でも年末のBS放送などで頻繁に紹介されていましたね。ヨーロッパの人たちには自宅から歩き出す人が多いのですが、一般的にはフランスのサンジェン・ピエドポーやスペインのロンセスバリェスから歩き出すようです。

サンジェン・ピエドポーの巡礼事務所にて手続を受け、巡礼手帳をいただきます。自分の宗教の欄は仏教、目的は歴史的興味とでも書き込みまししょうか。目的の一つにはSPORTとあったりするし、巡礼の門戸は宗教にのみ限られず、かなり開け放たれているようです。古い狭い石畳の路地を辿って、町の門をくぐり出て、いよいよ巡礼を始めます。

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個性的なバスク文字が躍るフランス側の地方の草の山地を越えてスペインに入ると、長い下りのあとロンセスバリェスに降りつきます。前世紀の市民戦争時にあのヘミングウェイが住み、映画「誰がために鐘はなる」ゆかりの地となったということです。荷物は大きい巡礼者もいますが、「区切り打ち」しているような人はナップザックひとつでほんとうにピクニックにでも行くような軽装です。

巡礼のシンボルとしてホタテ貝があります。巡礼者はその証としてホタテ貝をぶら下げたりリュックに付けたりします。また、道々の標識もホタテ貝で表されています。巡礼のいでたちのおかげでしょうか、道行く人にはこちらが惑うほど親しみの情を示されます。巡礼者とは歓待されるべきものなのでしょうか。イタリア人女性2人と粗末な夕食を取りましたが2人からワインを馳走になりました。巡礼同士もそうして分け合いながら行くものらしいです。

牛追い祭りで有名なパンプローナの城街に入ると、はたして牛が追われていくような裏通りに入りました。お店で昼の定食を頼むとひととおりの料理に加えてワインが1本!付いてきてびっくりしました。美しい畑を見て、滑りやすい山道を峠に登り、下ると2つの大きな巡礼ルートが合わさるプエンテデレイナの町に入ります。中心の教会は古いまま屋根には草を生やしたまま、町の出口に架かるレイナ橋も古臭いのですが、観光局だけがミョウに新しく・・・。

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ローマ時代の舗装道路(↓)や橋、それ以前のセルティック人(先キリスト時代人)の墓と思われる岩(↑)とかが現れ、タイムトリップしたかのような感覚になります。

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エステーリャの街を越えると、これまでとちがって平坦な道になり、それはそれで単調できつい・きつい!ワインの名産地であるらしく、巡礼者向けの無料のワインスタンドがあったりして楽しませてもらいます。あまり飲みすぎては歩けなくなるので自重・・・。フランス人巡礼が向こうから歩いてきました。話を聞くと一度サンティアゴにゴールしてからまたトゥールーズの自宅まで歩いて帰る!とのこと。

ログローニョの手前の村でバス停があって、とうとうバスに乗ることにします。バスはログーニョまで歩けば1日半の距離を30分で走ってしまいました。その辺りは巡礼路の中でも平原を延々と歩き続ける難所らしい(し、ここでは山歩きな)ので、今回はパスしてそのままバスで移動してブルゴス・レオンと観光しながらアストルガからまた歩くことにします。

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中世には王国の首都であったレオン。その大聖堂には圧倒されます。

ガウディ建築もある個性的なアストルガからまた歩き出します。やはり歩くのは楽しく、休養も十分で快調に飛ばせますね。フォン・セバドンの廃墟を過ぎ、さらに登って巡礼路の最高点・標高1500mのクルスデフェッロに到達します。大きな塔がそびえていますが、巡礼者が持ってきたという多くの石がうず高く置かれていくのだそうです。

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ショッピングセンターや新興住宅地の立ち並ぶポンフェラーダの大きな町を過ぎると、田舎道に入ってほっとします。狭い道の脇の古い建物の2階からしわしわのお婆さんがこちらを見つけてV字を指で示して声をかけてくれます。ヴィラフランカ・デル・ビエルソの巡礼宿では温かく迎えてもらえます。次の日のセブレイロ峠越えは昔からの難所で、ヴィラフランカではこの峠を越える前に巡礼を果たしたと認めていたこともあるようです。

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スペイン・ガリシア地方の秋

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セブレイロには世紀前から続いるらしいケルト人集落を通っていきます。

道すがらポルトガル人の巡礼と仲良くなりました。リュックではなく、ずだ袋を背負って歩いています。小さいな体なのに荷物はズシリとえらく重く見えて、中身はなんだと聞くとみんなワインだと言って笑わせます。現地語で「ワインとパンが巡礼を助ける。」という掛け声があるそうです。

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古道の両脇には古くから植え込まれていたらしい大樹があって巡礼を風雨から守ってくれているかのようです。パラス・デ・レイの街に着いて、昼からSIZZERというリンゴ酒やルホという地元の酒を勧められて飲みました。みんなお酒を飲みながら歩くのが楽しいらしいのです。プルポと呼ばれる小さなタコのおつまみもなんと美味しいことか。そうです、もう海が近いのです。

石のホタテ貝の道標もいよいよ20km台を示してきて、いよいよ終盤です。森の中を小川を越えたりして行きます。途中、行き会ったスペイン人にカフェのケーキに付き合わされたりしましたが、陽もとっぷり暮れてから飛行場の近くを通り抜けてとGOZO(歓喜の丘)に着きました。夜景の中にコンポステーラの教会の尖塔が見下ろせて感激です。

翌朝、サンティアゴ・デ・コンポステーラの古い街並みに入ると、土産物屋やホテルが賑やかに立ち並んできます。せまい石畳の道を辿って歩いていくと、ほどなく教会の敷地に入り、とうとう中世以来の巡礼聖地に到着しました!観光の人たちが大勢いますが、本当に歩いてきたのかと呆れているような羨んでいるような・・・

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街では巡礼中の他のなじみの顔も見えて、すれ違えば互いに健闘をたたえあいます。巡礼者事務所でいくつかのヒアリングを受けた後、巡礼証明書(※)をいただきました。そして、聖堂に入って昼のミサが始まると、司教が当日着いた巡礼者を祝福してくれます。そして運がよければボタフメイロという、お香を焚いた銀の壷を振り回す儀式も見られるでしょう。

※ 巡礼証明書は徒歩で100km以上、自転車で200km以上でいただけるそうです。今回は途中にバスを乗っても合計400km以上を歩きました。所要日数は3日の観光を入れて17日でした。だいたい1日20-30km歩いたことになります。宿泊はユースホステルのようなものなら5ユーロ・1000円程度で泊まれますがたまにホテルでくつろぐのも大事です。

ルート的には北方の道以外に、セビリャからメリダ・サラマンカなどを通って目指す「銀の道」(古代ローマ時代の道)、ポルトガルのポルトから目指す「ポルトガルの道」などがあり、じきに整備されてくると思いますがとても興味がそそられます。フランス国内の巡礼路も魅力的・・・。巡礼は大勢よりも少人数、そしてもちろん観光より山のお仲間とのほうがいいですよ。皆さんもぜひ歩きにいきませんか! 

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