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2010年3月20日 (土)

南小谷 糸魚川街道

古来の街道を訪ねて、長野・新潟に参りました。

Simg_7686「あずさ」の車窓に映る、おなじみ常念岳

Simg_7688残雪豊富な、爺ケ岳と鹿島槍

Simg_7697南小谷駅にて、何の混雑かと思ったらば、古い車両(キハ52号) の引退キャンペーンなのだそうです。

Simg_7706 千国に並ぶ石仏たち この辺りの塩の道はまだ雪に埋もれていました。

Simg_7733姫川の河原

Simg_7734とてもいい天気に白峰が映えます。

Simg_77412時間に1本ほどの大糸線(JR西日本)で移動します。

Simg_7751新潟県に入って、最後の丘にかかります。近くの長者ケ原遺跡ではヒスイが加工され、古代の日本で流通されたということです。 のぞき戸からは、ヒスイを産出した姫川をのぞみます。

Simg_7758無雪期は牛を連れた牛方が、そして雪が降るとボッカが塩をはじめとした海の産物を信州に運びました。冬は5mもの積雪を越えて行ったそうです。 この像は荷物のいちばん上にブリをくくりつけていました。碑名には「甦れ人間!」とありました。

Simg_7769塩の道をたどろうとした者たちが道中の安全をお願いした社跡の鳥居(糸魚川市)。「昔物語が聞こえてくるような気も」 近くには同じように拝まれた、大きな原島お地蔵さんもあります。

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